コラム

「最近の労務トラブル事例に学ぶ」

■事例:ある日突然、退職した従業員から未払賃金の支払請求がきた!?
レストランを営むAさん(経営者)は、念願の2号店を出店することとなった。そこで、2号店のコックとして有名レストランでの調理経験のあるBさんを採用した。採用条件は、勤務時間午前10時~午後10時(うち休憩4時間)、週休2日、月給50万円である。

①「よく働く!」と長時間勤務を黙認
入社したBさんは、仕込みや開店準備と称して、勤務時間より毎日2時間ほど早く出勤して仕事を始め、帰りも新メニューの研究や調理道具の手入れなどがあると言っては、午前0時くらいに退社することが常態化していました。
このような勤務態度に対してAさんは「早朝から深夜まで熱心に働いてくれるのは、高給で雇われたコックとしてのプライドに違いない!」などと好意的に解釈して、長時間勤務を黙認していました。

②ある日突然、退職届、内容証明郵便が届く
3年程が過ぎたある日、突然Bさんから「今日で仕事を辞める」という内容の退職届がタイムカードのコピーとともに郵送されてきました。2号店では、パート・アルバイトはタイムカードへの打刻により勤怠管理を行っていましたが、正社員であるBさんについては、「月給制だから、勤怠管理書類は不要だろう」というAさんの判断で、勤怠管理を行っていませんでした。
しかし、Bさんは、予備のパート用タイムカードを利用して、自身の勤務時間の全てを記録していました。
それから2週間後、Aさんの元に、今度は次のような内容証明郵便が届きました。

「退職日前3年間の残業手当として2,100万円の支払を請求します。なお指定期日までに支払いがない場合、労働基準監督署に申告のうえ、訴訟等の法的措置も検討しております。」

③労働関係書類が未整備なため証拠がない
Aさんとしては、採用条件の月給50万円は、相場と比べかなり高い条件であることから、当然、残業代込みのつもりでいたため、残業手当を支給したことは一度もありません。
また、雇用契約書には「基本給50万円(月給)」としか明記していませんでした。
さらに、賃金台帳も作成していなかったため、Bさんや第三者(労働基準監督署や裁判所)に対して、Aさんが想定する残業代相当の金額や時間数の内訳を証拠として示すことができませんでした。
困り果てたAさんが、社会保険労務士などに相談したところ、次のような回答でした。
1.未払賃金に対する請求時効は2年間であるため、3分の1程度の減額は主張できる。
2.労働基準監督署へBさんが個別申告を行った場合には、以下の点から見て、直近の2年分については、賃金未払いによる是正勧告を命ぜられる可能性が高いといえる。
・労働時間の管理がされていなかった。
・就業規則が不備であった。
・残業等を黙認していた。
・Bさんにタイムカードによる証拠がある。
3.是正勧告に従わない場合には、書類送検される可能性もある。
4.民事訴訟になった場合、Bさんから遅延利息や附加金(残業代請求額と同額)の請求も合わせて行われる可能性がある。

④請求金額の一部支払いで和解
内容証明に記載された請求金額全額の支払いは、時効部分の主張により免れましたが、結局1,400万円近い金額を支払うことで和解に至りました。

【この事例から学ぶべきポイント】
「労働関係書類は必ず作成する」
未払賃金と残業の問題は、退職・解雇から発生しやすいといえます。必要な労働関係書類を整備せず、社内のルールも曖昧なままにしておくと、思わぬトラブルが起こったり、今回のような突然の出来事にあたふたして、会社側のしっかりとした主張ができない可能性があります。トラブルの防止や、万一の備えとして、まずは雇用契約書、賃金台帳、出勤簿などの労働関係書類を整備することからはじめましょう。

(1)雇用契約書を必ず作成する
雇用契約の内容は必ず書面で残してください。残業代込みの月給の場合、その時間数と金額を明確に書面に記載しておきます。

(2)賃金台帳を給与支給のつど作成する
従業員ごとに毎月の給与計算のもとになった資料があるはずです。それをまとめたものが賃金台帳です。3年間保存します。事例のようなケースでは、雇用契約書の内容を反映した支払事実を証明する証拠としての役割がありますので、必ず給与の支給のつど作成します。
*TKCの「戦略給与情報システム(PX2)」では「賃金台帳」を法令に準拠した様式で印刷できます。

(3)出勤簿等で就労時間を管理する
給与体系の違う社員ごとに必ず出勤簿・タイムカード等(勤怠管理書類)は、その管理方法の違いを明確にするために様式を分けるようにします。月給制の場合には所定勤務時間外の就労時間を記載させるようにし、各日ごとの残業時間が一目でチェックできるようにします。
・残業は、必ず事前に業務内容と時間を申告させ、業務の必要性の有無については経営者が判断し、残業命令や許可のない残業は原則として行わせないというルールを徹底する(事前申告や必要性の有無が確認できない場合は、業務報告書を提出してもらう)。
・労働基準監督官の立入り検査(臨検)では、パソコンの起動や終了状況を確認するため、終業時刻には、パソコンの電源を切るか、共用パソコンであればログオフすることを徹底する。

(4)就業規則を見直す
すでに就業規則がある場合には、残業手当、残業のルールなどを明確にして、実際に適正に運用するようにします。
また、就業規則がない場合には、この機会に整備しましょう。
中小企業の多くは、従業員と良好な関係のもと勤務時間、勤務形態、勤務の仕方について話し合っていますが、その内容を文書にして残していないところがほとんどです。専門家とよく相談し、自社の労務管理をもう一度見直してみてはいかがでしょうか。
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